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下顎総義歯難症例へのインプラントの効用

日本歯科先端技術研究所
山根 進

 

 我が国は現在、未曾有の高齢化社会に突入しており、60歳前後で従来の入れ歯を装着して機能回復しても、長い年月の間に歯槽骨の吸収がはじまり、歯槽堤がなくなって逆に凹みになっている場合や、下歯槽神経が歯槽骨の上縁にでてきている場合に遭遇することもある。
 現在、平均寿命が80才になり、無歯顎の時代が20年以上長くなったために、最初に装着した入れ歯がどんなにすばらしくても、長い年月の間に2番目の入れ歯を作製する機会が多くなっている。 しかも、2番目以降の入れ歯は難症例になっているケースが多い。
 難症例の下顎総義歯を作製し、患者を満足させることのできる名人といわれる歯科医師は全国に数人しかおらず、歯科医師100人中、下顎総義歯難症例の患者にある程度の満足感をあたえられるのは10人程度、50人の歯科医師は難症例の下顎義歯に挑戦して患者から文句をいわれ、自己嫌悪に陥っている。 残り40人は難症例の義歯はこんなものであると無理矢理に患者を納得させているのが現実ではないだろうか。
 この下顎総義歯難症例の解決方法として、インプラント体を支台としたオーバーデンチャーが考えられる。 これは数多くあるインプラントの臨床応用例のなかで、一番患者の口腔QOLを高めており、インプラント最大の効用と思われる。

 下顎無歯顎症例へのインプラントの応用は古く、ブローネマルクなどにより1960年代に臨床術式は確立されて、ボーンアンカードブリッジやインプラント支台を伴ったオーバーデンチャーが可能になった。
 下顎無歯顎において、歯槽骨吸収が多いとボーンアンカードブリッジを装着しても顔貌の回復が計られず、患者の要求を満足させることができないことがある。歯槽骨の吸収が著しく、顔貌の回復をはからなければならない場合は骨移植して、吸収前の歯槽骨に戻すか、インプラント支台を伴ったオーバーデンチャーかのどちらかと考えられる。患者にしてみれば、遊離歯肉移植や骨移植は苦痛であり、患者に苦痛を与えず、しかも短時間にできあがるのが一番よく、いかに治療時間を短縮していくかが大きな問題になっている。
 歯槽骨の吸収が少ない場合は、従来の総義歯で十分であり、審美的回復ばかりでなく機能回復されると考えられる。よりQOLを求める患者には、ボーンアンカードブリッジが推奨されるが高額の治療費が必要である。
 歯槽骨の吸収がひどく、いわゆる難症例といわれる総義歯には左右オトガイ孔間の歯槽骨の高さが7mmあれば、4本のインプラント支台のオーバーデンチャーは十分可能である。ボーンアンカードブリッジに比較して、経済的にも安く、手術侵襲も少なく、高齢者にも可能である。 インプラント支台は4本以下の3本でも、2本でもまた1本でも十分その役目を果たすことができ、また、インプラント支台と義歯のコネクターとしてバー、磁石、ボールなどのアタッチメントが使用され、色々な症例によって使い分けられている。古い義歯を利用してオーバーデンチャーで即時過重も可能であり、改めて正式に新しい義歯を作製すれば良いと考えられる。
 このように、あらゆる臨床例にインプラント支台を伴ったオーバーデンチャーが可能であり、今後とも大いに普及させるべき術式と考えている。 

『症例1』従来の総義歯難症例

 1925年2月15日生まれの女性で、無歯顎の患者である。初診は1990年3月2日で、義歯の相談に来院された(図1)。
 上下顎とも、歯槽骨の吸収が著しく、従来の義歯を装着すると、疼痛のため食事ができない状態であったが、インプラント支台を伴ったオーバーデンチャー作製により、咀嚼機能が回復された。これは自分の技術ではなく、インプラント体によって、義歯が動揺しなくなったためである。
 1990年3月13日に、下顎オトガイ孔間にブローネマルクインプラントシステムのフィクスチャー4本(直径3.75mm、長さ7mm3本、10mm1本)埋入した。下顎前歯部の歯槽骨の断面はラグビーボールを斜に舌側に傾けた状態であり、埋入部位は舌側寄りになり、オルソパントモグラフィではまだ、長いフィクスチャーを打ち込めると考えられるかも知れないが、実際は舌側に穿孔していることがある。 3カ月後、2次手術を実施し、ゴールドシリンダーをバー連結し、旧義歯にクリップをつけて、オーバーデンチャーを仮装着した。さらに1カ月後、正式に上下顎オーバーデンチャーを作製した。以後、月1回、口腔清掃に本院を来院され、口腔清掃と義歯調整を行い、年に1回定期検査を実施してきた。
 図2は5年後の定期検査での口腔内写真であり、オトガイ舌下部が歯槽部位まで盛り上がっているが、異常は認められない。 天然歯の歯根を利用した従来のバーアタッチメントでは、バーの断面により、円形のバージョイント型(バージョイント義歯)と楕円形のバーユニット型(バーユニット義歯)がある。
 著者は操作がしやすい断面が丸いバーを使用しており、クリップ1個では臼歯部位の浮き上がりが観察されるが、2または3個のクリップを装着すると、臼歯部位の浮き上がりもなく動揺の少ないオーバーデンチャーになる。
 オーバーデンチャーは粘膜負担であるから、オーバーデンチャーの動揺が大きく、予後不良になるという意見もあるが、著者の経験からインプラント支台を伴ったオーバーデンチャーの予後は良好である。インプラント支台を伴ったオーバーデンチャーの初期では小臼歯部位はインプラント負担、大臼歯部位は粘膜負担になるように調整しているが、長期になると、インプラント負担の占める割合が大きくなる傾向にあると思う。
 この症例のように骨折を心配するほど歯槽骨の吸収が著しく(図3)、下歯槽神経が歯槽頂にでてきているが、食事しても痛くないということは単に動揺しないということだけではなく、粘膜負担部位に応力がかかっていないのではないだろうか。 現在でも食事に支障はないとのことだった。 口腔内所見は14年経過しても異常が認められなかった(図4)。

図1.初診時のオルソパントモ
  

図2.5年後の口腔内写真

図3.14年後のオルソパントモ
  

図4.14年後の口腔内写真

 ぺリオテストaやオステルaを使用して、インプラントの安定度を調査してみると、14年後においても安定していた。装着1年後のぺリオテスト値は右端から、-2.6、-3.0、-3.0、-3.0であるが、3年後には-4.0、-3.0、-3.0、-3.0であり、インプラントの動揺度は3年間ほとんど変化していない(図5)。
 オーバーデンチャーを装着した65才から、79才の14年後のぺリオテスト値は右端から-3.2、-2.0、-3.0、-4.6であり、インプラント体は動揺していない。 また、オステル測定のために、アバットメントを撤去した時のフィクスチャー周囲粘膜は発赤しているが、臨床上問題はない(図6)。
 オステルのインプラント安定度指数は65、61、60、62であり、数字的にはインプラントは安定しており、正常に機能していると考えられる。ぺリオテスト、オステルによる検査に、オルソパントモグラフィの所見も加えた結果として、14年経過した現在も正常であるといえる。

図5.装着3年間のペリオテスト
  

図6.14年後のフィクスチャー

『症例2』ブレード除去症例

 患者は1930年1月31日生まれの男性である。初診日は1981年3月25日であり、上顎は重度の歯周炎を患った歯牙が4本あり、下顎は無歯顎であった(図7)。
 治療計画として、上顎は残存歯を抜歯して従来の総義歯、下顎はインプラント支台の全顎ブリッジを実施することになった。下顎にブレード4本が打ち込まれ、1カ月後にメタル連結内冠のレジンフルブリッジが装着された(図8)。
 しかし、11年後の1992年10月28日にレジンの破損と磨耗により、オーバーデンチャーを作製、装着した。さらに5年後の1998年2月20日、中央部右側ブレード周囲の腫脹と疼痛のために、ブレードを除去し、オーバーデンチャーを修理装着した(図9)。
 その後、左右ブレード周囲の骨吸収と腫脹および動揺が観察され、咬合痛のため、食事ができないと来院された。患者との話し合いの結果、従来の総義歯では患者のQOLは望めず、新たにインプラント支台を伴ったオーバーデンチャーを作製することになった。すなわち,ブレードと上部構造の除去と同時に、下顎にITIインプラント体4本(solid screw implant SLA、直径4.1mm、 長さ12mm)埋入し、オーバーデンチャーを装着することにした。
  1999年7月29日にインプラント手術が実施され、1カ月後にインプラント支台をバー連結し、メタルパッキングした下顎義歯にクリップをつけて、オーバーデンチャーを作製した(図10)。

図7.初診時のオルソパントモ
  

図8.下顎のレジンフルブリッジ

図9.中央右側ブリッジの除去
  

図10.オーバーデンチャーのインプラント支台

 新しくインプラント支台を伴ったオーバーデンチャーを再装着して、4年半経過しており、咀嚼機能は回復し、患者は満足している。
 しかし、問題点がひとつある。それは歯石が沈着しやすいということである。この患者は月に必ず1回口腔清掃に来院され、著者を含め、デンタルスタッフにて毎回口腔指導と口腔清掃を行うにもかかわらず、1カ月後の来院日には舌側に歯石が沈着していた。 患者はブラッシングを一生懸命しており、インプラント支台の唇側面の中央部はブラッシングのためにピカピカに光沢があった(図11)。
 しかし、唇側面の近心、遠心面に歯垢、歯石の沈着、舌側面では中央のインプラント支台2本に特に歯垢が肥厚して沈着していた。連結バーの底面にも歯垢、歯石の沈着が多く見られた。(図12)これが1か月後の状態である。
 これから推測すると、患者は舌側に歯垢歯石が沈着する体質であり、ブラッシングは一生懸命されているが、4本のインプラント支台を一つの塊としてブラッシングされており、1本1本個別にブラッシングすることは面倒くさがってやられていないと思われる。 歯間ブラシやワンタフトブラシの使用を勧めても使用してもらえないが、月1回の予約日には来院されるので、我々が口腔清掃の管理をしていくことにしている。現在,患者は74才であり、20年以上オーバーデンチャーを機能させるためには月1回の口腔清掃と年1回の定期検査が必要であると考えられる。

図11.口腔清掃状態(唇側面)
  

図12.口腔清掃状態(舌側面)


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